前回からの続きです。
前回は産業ごとに締結されたConvention collectiveについて詳しく見てきました。
しかし、フランスにおいて労働条件を規定するものはなにもConvention colllectiveだけではありません。
Conventionの内容は他の上位規範に制約をうけることもあります。
今回は、その点を詳しく見ていきましょう。
労働条件を定めた規範性の強弱
フランス国内における労働規範は以下の6つです。上にいくほど規範性が高くなります。
- フランスのCode du travail(労働法典)
- 全国レベルの産業横断的な協約Accord national interprofessionnel(全国的業際協定)
- 産業別のConvention collective(団体協約)
- 各企業内部でのAccord d’entreprise(企業内協定)
- 明文化されてはいないルールUsage(慣例)
- 雇用主との間で交わされるContrat de travail(労働契約)
さらに、国家レベルのものとしては、国際法、欧州連合法、フランス共和国憲法が存在します。
①フランスのCode du travail(労働法典)
Code du travailとは使用者と労働者との関係を定めた労働全般に関わる法律です。採用から契約、労働条件、労働時間、給料、特別手当、契約の一時停止、契約の解除に至るまで、使用者が遵守すべき最低限の法と労働者に課せられる最大限の義務が書かれています。
②全国レベルの産業横断的な協約Accord national interprofessionnel(全国的業際協定)
Accord national interprofessionnel、一般にANIとよばれる協定は、労働組合の代表者と雇用主側の代表者との交渉により取り決められた、全国規模での労働環境全般および労働者の社会保障に関わる協定です。例えば、2013年の協定で、2016年1月以降、会社は従業員に対して民間の共済保険(会社側が50%以上を負担する)を提供するように義務付けました。
③産業別のConvention collective(団体協約)
第1回で詳しくみてきた、各産業の労働者団体と雇用主団体との間で締結された、産業別の労働条件を定めた協約のことです。Code du travail(労働法典)ではフォローしきれない細かな待遇についての取り決めが書いてあります。
④各企業内部でのAccord d’entreprise(企業内協定)
雇用主側と従業員の代表者との間で行われる企業レベルの交渉の結果が企業内協定です。企業内協定は、より現場の必要性に答える内容となっており、主に仕事場における衛生、安全、環境、勤務条件、社員の福利厚生、研修制度について話し合われます。
産業別Convention collectiveが労働条件全般に関する協約であったのに対して、Accord d’entrepriseではその一部の主題を扱います。例えば、テレワークに関する取り決めや、フレックスタイム制の導入などがそれにあたります。
Convention collectiveと同様にAccord d’entreprise(企業内協定)も政府サイトで閲覧することができます。
https://www.legifrance.gouv.fr/liste/acco
⑤明文化されてはいないルールUsage(慣例)
Usageは明文化されいないが雇用主側が従業員の利益のために行っている慣習のことです。
例えば、雇用主側が会社の業績が大幅に上昇したことを祝って8月に全社員に特別ボーナスを配布したとします。もし、特別ボーナスが1回きり、その年のみに支払われた場合、これはUsageとは認められません。まさしく「特別」なボーナスです。
しかし、この特別ボーナスが2年目、3年目と毎年行われるようになると、慣例とみなされ、雇用主側が勝手に「今年からボーナスはありません」と打ち切ることはできません。慣例を打ち切る場合には、会社のCSE(Comité Social et Economique=従業員の代表委員会)に諮って、了承を取り付ける必要があります。
⑥雇用主との間で交わされるContrat de travail(労働契約)
労働契約は雇用者側と労働者個人の間で交わされる契約のことです。私たちにとっては一番馴染みのあるものですね。
労働契約にはCDI(無期雇用契約)、CDD(有期雇用契約)、Contrat d’intérim(派遣契約)の3つがあり、それぞれの契約に守るべき規則があります。
Conventionを読む際の注意点 : 何が優先されるのか?
基本的な原則として、下位の規範は上位の規範内容に拘束されます。
Convention collectiveにボーナス(13 mois)の規定があるにもかかわらず、労働契約書に「ボーナスは受け取らない」というようなことを書いてサインさせたとしても、それは無効です。一方で被雇用者にとって有利な限りにおいては上位規範の制約を受けません。
Convention collectiveを起点にしてみると、以下のように言えます。
- Convention collectiveの労働条件が上位規範のCode du travail(労働法典)を下回る場合、Code du travailが優先される。
- Convention collectiveの労働条件をAccord d’entreprise(企業内協定)、Usage(慣例)、Contrat de travail(労働契約)を上回る場合、そちらが優先される。
どういうことか、具体例をあげてみていきましょう。
①Convention collectiveの労働条件がCode du travail(労働法典)を下回る場合
Convention collectiveの労働条件がCode du travail(労働法典)を下回るとは一体どんな場合でしょうか。
第1回でみたパティスリーの全国団体協約を参考にします。
パティスリー全国団体協約では、解雇手当について、以下のように書かれていました。
・ 単純な過失(Faute grave)、重大な過失(Faute lourde)及び経済的理由を除く解雇が対象
・ 2年以上の勤務年数
・ 2年以降1年ごとに参考月給の10分の1、10年以降は6分の1の解雇手当の支払い
では、この点についてCode du travailは何と言ってるでしょうか。
・ 単純な過失(Faute grave)及び重大な過失(Faute lourde)を除く解雇が対象
・ 8か月以上の勤務年数
・ 1年ごとに参考月給の4分の1
Code du Travailの方がConvention collectiveよりもずっと有利な条件ですね。
このような場合、Code du travailの内容がConvention collectiveに優先します。
私たち、給料計算を行うGestionnaire de paieは解雇手当、定年退職金の計算の際には必ずConventionとCode du travailの両方を計算し、より有利な方を採用するようにしています。Conventionの優位性が明確な場合でも、法を下回らないことが義務図けられている以上、それを証拠として残す必要があるからです。
②Convention collectiveの労働条件をAccord d’entreprise(企業内協定)、Usage(慣例)、Contrat de travail(労働契約)が上回る場合
企業内協定はConvention collectiveを上回る有利な条件を従業員に提供します(そうでなければ従業員側の了承を得られないので当然のことですが…)。会社独自の特別休暇の追加、延長、より有利な給料体系表の存在などです。
慣例も同様です。先に見たように、特別ボーナスを支払うことは雇用主側の自由です。Conventionに規定がなくとも、問題にはなりません。
Accord d’entrepriseの内容は冒頭で載せたサイトで調べることもできます。また通常はコピーが会社の休憩所の掲示板などに張り出されています。しかし、何十ページにも及ぶものもあるので、全部読むのは大変です。
会社内で「もしかして、何かあるかも?」と思ったら、RHに尋ねるか勤務歴の長い同僚に聞いてみるのが一番の近道だと思います。
企業内協定は見過ごしがちなので注意が必要です。以前の会社で、子供が病気の場合、3日までは特別有給休暇がとれる、という協定があったにも関わらず、普通に自分の有給をとって看護している人がいました。教えてあげたら、そんなの知らなかった、とびっくりしていましたが、私も先日、子供の新年度の登校に付き合うために半日の有給をとるかどうか悩んでいたら、RHからの全体メールで「企業内協定に基づいて、小学生以下の子供がいる人は初日は2時間まで有給です」と連絡がきて、初めてそんな協定があったことを知りました。
経営者がConventionを遵守していなかったら、どうする?
Convention collectiveは企業の大小、事業の規模に関わらずあらゆる契約形態の人に適用される労働条件の基準です。
一方で、特に個人経営の店舗などでは「うちは個人でやってるお店だからConventionは適用されないよ」と言う雇用主もいるそうです。
経営者といっても、人事、法務の研修を受けたエキスパートというわけではありません。知らなかった場合も、知っていても無視していた場合もあるでしょう。
時間外労働を支払ってくれなかった、特別有給休暇を認めてくれなかった等、経営者との間でもめ事が起こった際、どうすればいいのか。
残念ながら私は法律のエキスパートではないので、お答えすることはできません。
一般的には、労働上の紛争はConseil des prud’hommes(労働裁判所)に相談することが推奨されています。しかし、時間もお金もかかります。
まず最初に試すべきなのは、配達証明付きの手紙を送ることです。
物証を残すことは、とても大切なことです。配達証明付きの手紙を送ることは相手に対して「圧力」をかけることになります。
口先で、NONと言っていた経営者も、手紙を受け取れば提携している会計事務所の人事法務部門に連絡をして判断を仰ぐことになるでしょう。
個人店舗は経営者との物理的距離が近いので、なかなか労働条件について面と向かって話しにくい環境にあると思います。同僚等と相談して、うまく解決策を探るしかないのが実情だとおもいます。
有給中に病気や事故になったら有給を振り替えできるのか?
というわけで、第一回から引き続き、有給中に足を骨折した猫さんは有給をキャンセルできるのかどうか、という問題に戻りましょう。
Convention collectiveに有給の振り替え規定がある場合、何も問題はありません。有給をキャンセルして、病欠扱いにしてもらい、後日、新たに有給を取得できます。
Convention collectiveに規定がない場合、有給の振り替えはできません。最初のイベントが優先される、という基本原則があるからです。
では、上位の規範はこの問題をどう扱っているのでしょうか?
欧州司法裁判所では、有給の振り替えを許可しています。有給は、従業員の休息が第一で、その期間を余暇に充てることが目的であり、病気になった場合、その目的が達成されないから、というのが理由です。
一方で、フランスではこの欧州司法裁判所の判断を国内法に適用していません。つまり、フランスにおいては有給の振り替えを拒否することは正当なことなのです。雇用者側には、有給を振り替える義務はありません。
しかし、もし従業員が労働裁判所に提訴した場合、欧州裁判所の判断が優先されるので、雇用者側は有給を振り替えなければならなくなります。
つまりNonともOuiとも言える二重構造になっているのです。
かなり複雑ですね。
では、現場レベルではどう対応しているのかというと、Conventionに規定がない場合、基本的にはNonと答えます。一方で、従業員が法に詳しく、手紙等でその正当性を主張してきた場合、判断は人事部の偉い人と法務部の偉い人との話し合いで、OuiともNonともなります。
曖昧と言われたらその通りなのですが、フランスでは上記のようにそれぞれの規範が対立関係にあることが珍しくなく、現場レベルでは、「基本的な方針としては〇〇だけど強く主張されたら柔軟に対応する」という対応をせざるを得ない時が度々あります。
重要2023年9月更新
2023年9月13日、フランスの破棄院はCongés payés(有給)に関していくつかの重要な判決を出しました。今後はフランスでも有給中に病気になった際には有給を中断して、後日新たに取得することが認められことになるかもしれません。
まとめ
二回にわたってConvention collectiveについて解説してきました。規範性の強弱など、少し難しい話もありましたが、基本的な労働条件はConvention collectiveに依るというのは変わりません。
時間があるときに、ぜひ自分の会社のConventionを確認してみてください。
最後に、一番大事な要素について補足しておきます。
フランスで仕事をしている方には納得してもらえると思いますが、一番大事なのはNégociation、すなわち交渉です。
自分にとってより有利な条件を引き出せるように交渉することは、他のフランス人社員も日々行ってることです。
日本的な感覚だと、あの人だけずるい!となりそうですが、翻って自分の身になって考えてみれば、融通が利くということでもあります。
給料のこともそうですが、例えば労働時間や特別有給の取得等についてもConventionに書かれているからと決めつけずに、交渉をして自分がより働きやすい環境を自ら作っていきましょう。
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